東京高等裁判所 昭和40年(行ケ)65号 判決 1966年9月27日
原告 大野達雄
被告 加藤博
主文
特許庁が昭和三六年審判第二九二号事件について昭和四〇年五月二二日にした審決を取り消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
第一請求の趣旨
主文同旨の判決を求める。
第二請求の原因
一 原告は、昭和三二年一二月三一日特許出願、昭和三五年一〇月五日登録の、名称を「密閉攪拌装置」とする特許第二六六三一九号発明の権利者である。被告は、昭和三六年五月二六日、特許庁に対し、右特許の無効審判を請求した(昭和三六年審判第二九二号事件)。原告は、被告の右特許無効審判請求の利益の存在を争つたが、結局、特許庁は、原告の右主張を斥け、昭和四〇年五月二二日、本件特許を無効とする旨の審決をし、同審決の謄本は、同年六月三日、原告に送達された。
二 右審決は、まず、審判請求人である被告の請求人適格について「特許法第一二三条において、請求適格の要件として旧特許法における利害関係人の規定を削除したことは、請求人適格を従来よりかなり広く認めようとする主旨に基づくものと解せられる。しかして、請求人は、本件審判請求当時においては個人として加藤製作所を経営していたところ、その後にいたり、その営業を会社組織に改め、大阪市東区瓦町一五番地に株式会社加藤製作所を設立し、その代表者となつていることが………登記簿抄本により………認めることができ、しかも、上記会社が本件特許発明と同種の攪拌装置を有するオートクレーブを製造販売している事実は、当事者間に争いのないところであるから、請求人は、上記会社の業務に関し重要な責任のある代表者として、十分に請求人適格を有するものと認められる。」としている。
しかしながら、被告が訴外株式会社加藤製作所の代表取締役であることから、ただちに、審決のいうように、被告個人として本件特許の無効審判請求の利益を有するにいたるものとしえないことは明らかであるし、また、被告がこれまでに何ら原告の本件特許権の侵害となるべき物品の製造販売等の行為をしたことがないことは、原告も自認し、被告に対し同特許権侵害等の主張をしたことがないから、いずれにしても、被告には、本件特許の無効審判を請求する利益がない。したがつて、本件審決は、審判請求の利害関係の存否について判断を誤つた違法のものであつて、その余の点について考えるまでもなく、取り消されるべきものである。よつて、請求の趣旨のとおりの判決を求める。
第三被告の答弁
一 「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求める。
二 原告主張の請求原因事実は、すべて認める。
理由
一 原告がその主張のとおりの特許出願および登録の各日にかかる特許第二六六三一九号発明「密閉攪拌装置」の権利者であるところ、原告主張のとおりの経緯で、被告がその特許無効審判の請求をし、本件審決がされるにいたつたこと、本件審決が、原告主張のとおり、審判請求人である被告に右特許無効審判請求の利益があるとしたことは、当事者間に争がない。
案ずるに、被告が個人としてこれまでに係争特許発明の侵害となるおそれのある攪拌装置の製造販売等の行為に出たことがあることについては、被告において何ら主張立証せず、他にこれをうかがわせる資料もないから、同事実を認めるに由がない。なお、本件審決は、特許無効の審判請求当時個人として事業を行つていた審判請求人が、その後にいたり、その事業を株式会社組織に改め、同会社の代表取締役に選任された場合、同会社の事業が係争特許発明と同種の攪拌装置を有するオートクレーブの製造販売にあるときは、代表者個人として、その特許無効審判請求の利益を有するとする。しかしながら、株式会社の事業が右のとおりの装置の製造販売にあるとしても、同特許の無効か否かが、特段の事情なくただちに、その会社の代表者個人の法律上の利害に関するものとしえないことは、会社とその代表者個人とは、法律上人格を異にするものであることに徴しても明らかである。本件において、右特段の事情については、これをうかがうに足りる何らの資料がないから、被告がその代表者であることから、ただちに会社の事業に関する利害関係を代表者個人の利害関係として肯認した本件審決は、その判断を誤つたものといわざるをえない。
したがつて、被告に本件特許無効審判請求についての利益ありとした本件審決は、右の点において判断を誤つた違法のものとして取消を免れず、原告の本訴請求は、理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 三宅正雄 影山勇 荒木秀一)